そうだ!兎我野へ行こう!

兎我野町までのご案内

兎我野町エリアは、出張客などが駅から向かうには意外と不親切な一面もあります。
お店のオフィシャルサイトなどでよく『泉の広場を出て右に~』などという表記がありますが、梅田駅や大阪駅の改札からその
『泉の広場』まで辿り付くことがまず難しかったり…。
ここでは梅田駅、大阪駅、東梅田駅の主要駅から兎我野町、曾根崎、堂山町へのルートを案内致します。
各線、各駅で行き方に多少差はあるのですが…なかなかすべてをご紹介するのも難しいということで、『初めての兎我野』では
各駅~Whityうめだ~泉の広場~兎我野町、曾根崎、堂山町のルートをご詳細させて頂きます。

  • 梅田駅(御堂筋線)から
  • 大阪駅から
  • 東梅田駅から
  • 兎我野町
  • 堂山町
  • 曾根崎

さらに動画でもご紹介致します!

さらに動画でもご紹介致します!

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  • 兎我野町
  • 堂山町
  • 曾根崎
  • 兎我野町
  • 堂山町
  • 曾根崎

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現在編集中…

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知ってる?知らない?兎我野町とは…



昼と夜でまったく違う顔を見せる兎我野町

兎我野は兎餓野、菟餓野、闘鶏野、刀我野、都下野、斗賀野とも書かれ、その名のは古事記、日本書紀の時代から登場し、当神社氏地の中でも最も古く、古代においては当神社の氏地一帯(今のキタ・梅田界隈)を兎我野と呼んでいたようです。

なかなか耳になじみのない地名ではありますが、その歴史は古いようです。

現在の兎我野町という町名は明治33年4月の町名改正により新設された町で、近世には大阪三郷の内には入らない土地でした。

この兎我野が史書に登場するのは、前述の通り日本で一番古い書物である古事記、日本書紀であり、この中の神功皇后摂政前記に、「菟餓野に出でて、祈狩(ウケイガリ)して曰はく、「もし事を成すこと有らば、必ず良き獣を獲む」という」とあり、この兎我野にて狩猟を催した記録があります。これは「ウケイ」という一種の占いを狩猟にあてたもので、「これからいい事あればいい獲物が取れますように」と祈ったものです。

このウケイ(誓約とも書く)は何の為に執り行ったかというと、神功皇后の御子である応神天皇(八幡神)の誕生を疎ましく思っていた異腹兄の忍熊王、香坂王のニ皇子が、神功皇后と応神天皇を亡き者にしようと考え、戦いを仕掛けて倒す事が出来るかどうかを、狩りで良い獲物が獲れるか獲れないかで占おうという、古代の神託的要素を含んだ狩猟でした。

香坂王はその狩りをクヌギの木の上から眺めていたが(日本書紀では桟敷から)、神々の意に沿わなかった為、神罰があたり、大きな赤い猪が現れてクヌギの木を押し倒し襲われてしまいます。つまりは占いの結果は大凶という事ですが、忍熊王は占いの結果を無視して戦いをしかけてしまい、武内宿禰、武振熊らの軍によってあえなく惨敗。
逃走するも瀬田川(現在の琵琶湖近くの淀川水系か)まで追い詰められ、遂に川に投身し、後日菟道川(宇治川)で遺体となって発見されるというのが事の結末となっているようです。

…という小難しく歴史深い街ではあるが、現在では所謂「キタのピンクタウン」といった認識がほとんどでしょう。
ホテヘルのメッカ大阪においても、これだけの風俗ビルが存在するのはここ兎我野町だけではないのではないでしょうか。
風俗街に付きまとう『怖そう』というイメージも確かにあるにはあるが、基本的に客引きなどに付いていかなければ安心安全に遊べる街であす。

2015年7月現在では兎我野町に55店、曾根崎に14店、堂山町に6店の受付型風俗店が軒を連ねています。(とがまっぷ調べ)

なお、梅田駅や大阪駅から兎我野エリアに遊びに来る場合、距離的には近いものの道中案内が非常に少ないため店舗まで辿り付けないといった方もいる模様。
このとがまっぷを使って、兎我野エリアで安心安全に店舗まで辿り付いて頂けることを願っています。